TOKYO PIN CLUB


 
2015年7月31日(金) GOOD BYE MY HOME! 
 
25年間お世話になった我が家であるが、今夜が最後の夜となった。25年の思い出一杯が詰まった我が家、子供たちもこの家で成長し小学校、中学校、高校と進学し、東京の大学に行くため巣立っていった。新築してすぐにやってきたJUDY、そしてこの家で5匹の子犬を産んでくれた。そのうちの一匹がTIFFANYだった。JUDYもTIFFANYもこの家で元気に育ち、やがて虹の橋に旅立っていった。家のあちこちにJUDY & TIFFANYの足跡が残っている。そのあと我が家にやってきたDUKE & REINA、もう5年半の歳月が流れすっかり我が家の一員となっている。そんな我が家から隣に建てた新居に明日引越しする。

2015年7月30日(木) FAR EAST CAFE 25TH ANNIVERSARY
 
小田和正さんのアンテナショップ、“FAR EAST CAFE”が渋谷区神宮前にオープンしたのが1990年7月30日、ちょうど今日で25周年を迎えた。1999年7月には現在ある港区南青山(青山学院となり)に移転した。その25周年を祝った記念のピンズセットが↑だ。小田和正さんは今年9月で御年68歳、まだまだ元気でご活躍である。

2015年7月29日(水) JAL B-787
館長がJALのB-787機に搭乗したのは2年前の7月4日。スカンジナビア航空でコペンハーゲン経由でヘルシンキに行く予定であったが、前日の夜機材が届かず欠航との連絡が入った。そして振替便がその年の7月1日に開業したばかりのJALのヘルシンキ直行便で新型機種B-787機だったのだ。乗継便だと10数時間かかるところが飛行時間なんと9時間で、日本から一番近いヨーロッパとなった。
基本的にはJALは嫌いであるが、この機体は素晴らしかった。振替便なのになんと一番前のシートに座ることができ、空調は快適で機内食もとても美味くて、そしてトイレがウォシュレットだった。残念ながら記念のピンの配布はなかったが、←のポストカードをいただいた。
2015年7月28日(火) ANA B-787 初号機特別塗装機
2003年6月のパリ航空ショーで発表されたボーイング社の787、翌年ANAは50機を発注した。当初の予定を大幅に遅れ2011年10月26日、ANAが成田-香港間で世界初の商業運転を行った。その後電気系統のトラブルなどが数多く発生し問題となったが今では落ち着いているようだ。ローンチカスタマーのANAとボーイング社は1号機と2号機を特別塗装して運航、右はその貴重なピンである。この特別塗装機は現在国内線で運行している。館長はJALのB-787には搭乗したことはあるがANAはまだない。
2015年7月27日(月) HAPPY BIRTHDAY TO REINA!
2015年7月27日(月) 5 LINES JOINT!1st ANNIVERSARY part2

 
5社相互直通運転開始1周年記念のピンをよく見てみよう。上段左から東武東上線、西武池袋線、東京メトロ副都心線
下段左から東急東横線、横浜高速みなとみらい線そして5社相互直通運転のシンボルマークとシリアルナンバーを記したモノ、合わせて7ピンに豪華なケースが付いたピンズセットである。沿線のスポットと車両を合わせたデザインはまあまあ良品であるが、個人的には最後のシンボルマークが一番のお気に入りと言ったら「天の邪鬼」といわれるだろうか。鉄道ファンとしては、沿線の風景より車両自体が大事なので、各社のカラフルな車両をそのままピンにしたらもっと良かったのではないかと思った。館長的には学生時代に大変お世話になった『東急東横線』だろうか。当時は渋谷から桜木町までだったが、今では元町中華街まで伸びているし、またいつの間にか『特急電車』が走っているのには驚いた。

   
2015年7月26日(日) 5 LINES JOINT!1st ANNIVERSARY
5社相互直通運転開始1周年記念2013年東急東横線が東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始したことにより、すでに行われていた東京メトロ・東武・西武の3社直通運転と東急東横線と横浜高速鉄道の2社直通運転がつながり、5社7線という世界にも類を見ない相互直通運転が誕生した。もう2年も経った訳で時の流れは早いので今更1周年の記念ピンでもないのであるが、なかなかいいピンなので紹介しよう。東京在住の方はお分かりかと思うが、東武東上線の森林公園或いは西武池袋線飯能から池袋を通って渋谷に行きそこから横浜経由元町中華街までが一本でつながったのである。ことし2周年を迎えたが1周年記念ピンがなかなか捌けていないようなので2周年記念ピンはリリースされなかったようである。
   
2015年7月25日(土) BELL & ROSS
このピンを見て、素性がすぐ分かった方はかなりの時計好きであろう。そうフランスの時計メーカーBELL & ROSS社のロゴマークである。創業は1991年と歴史の浅いメーカーであるが、飛行機のコックピットの計器を模した軍用時計として人気急上昇である。以前紹介したが館長もひとつ所持↓している。

このピンはBELL & ROSS社の研修を受け無事終了した販売スタッフのみが手にすることができる非売品のピンである。もしそうなら、『どうして館長が手に入れたのか』と疑問に思う方もおられるだろうが、それは『蛇の道は蛇』なのである。実はこのピン、以前に長野の高名な時計ピンコレクターからいただいたことがあり7周年記念BOOKにも掲載されている。今手元にないので比較ができないが、今回のピン↑はブラックニッケル仕様であり、以前のピンはシルバーニッケルのような気がしているが、どうだったであろうか?

2015年7月24日(金) STAR WARS x ANA
STAR WARSの1作目が公開されたのは1977年、当時はまだエピソード4なんて言わなかった。その3年後の1980年『スターウォーズ/帝国の逆襲』、更に1983年『スターウォーズ/ジェダイの復讐』と3年ごとに新作を発表し、何れも大ヒット作となった。その後も3年毎に9作まで制作の予定だったが、4作目『スターウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』は公開されたのは1999年だった。その後2002年『スターウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』、2005年『スターウォーズ エピソード3/シスの復讐』が公開された。そして10年後の2015年12月18日『スターウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』がいよいよ公開となる。館長は1作目からの大ファンで、最初はレーザーディスクで3作、DVDで6作、更にはブルーレイディスクで6作を持っているし、次男との合作でペプシのボトルキャップも全種コンプリートしているのである。まあそんなことはどうでもいいがANAはこの6月ヒューストン線を開業したこともあってか、スターウォーズとのタイアップ企画を展開した。この秋には多分ヒューストン線を中心に、R2D2ペインティングしたB-787機が就航する予定だ。今回紹介のANAとSTAR WARSとのコラボピン3種、既にドクターL氏ピンズ・パーク氏も紹介しているが、どういう場面でこのピンが登場したのか知りたくてANA本社に問い合わせたところ、『ANAとしてはスターウォーズとのコラボピンを製作した事実はありません。』との回答をいただいた。不思議なもので『スターウォーズのピン』らしく、出自が謎に包まれたピンである。
2015年7月23日(木) HIGHLANDER
HIGHLANDER(邦題/ハイランダー悪魔の戦士)は1986年のアメリカ・イギリス合作映画。グレゴリー・ワイデンの原作をもとにラッセル・マルケイが監督したファンタジー・アクション映画。この映画の音楽にはクイーンの曲が何曲か使われている。
2015年7月22日(水) 世界陸上北京大会SEIKO PINS
世界陸上2015北京大会開幕まであと1か月。今回もオフィシャル・タイマーを務めるのはSEIKOである。8月22日(土)から8月30日(日)まで9日間、北京国家体育場(通称鳥の巣)で開催されるが猛暑のこの時期、アスリートも観戦者も大変なことだと思う。ましてやあの北京なのだから。2008年の北京五輪の時のように工場を一斉休業させて空気汚染を食い止めようとするのだろう。前回モスクワ大会では女子マラソンの福士加代子さんの銅が唯一のメダルだった。さて今年はどんなドラマを見せてくれるのだろうか。世界陸上は2年ごとの開催、2017年はロンドン、2019年はドーハ開催が決まっている。
2015年7月21日(火) JUDGE DREDD
JUDGE DREDD(ジャッジ・ドレッド)は1995年公開のSFアメリカ映画。イギリスの同名コミックの映画化作品。西暦2139年、核戦争後の人類に残された「メガシティ・ワン」は秩序が乱れた犯罪都市と化していた。政府は究極の法システムを導入し、「ジャッジ」と呼ばれるエリート集団に逮捕・裁判・判決・刑執行の権限を与えた。その集団のトップが「ジャッジ・ドレッド(シルベスター・スターローン)であった。ある日、ドレッドは身に覚えのない殺人罪で逮捕されるが、それはその後に明らかにされる陰謀の序章に過ぎなかった。
2015年7月20日(月) ROBIN des BOIS
Robin des Bois 英語では“Robin Hood”といえばよくわかるだろう。ロビン・フッドは中世イングランドの伝説上の人物。近年では「弓の名手で、イギリスのノッティンガムの森に住むアウトロー集団の首領で義賊」という設定で、緑の服をまとう人物として描かれる。最近では2010年アメリカ・イギリス合作映画として公開された。ロビンにはラッセル・クロウ、マリアンにはケイト・ブランシェットが演じた。そういえば2010年12月12日にこの映画のことをDIARYに記していた。また1991年公開されたケヴィン・レイノルズ監督の“Robin Hood”ではあのケビン・コスナーがロビン・フッドを演じ大ヒット作となった。その主題歌はブライアン・アダムスの「(Everything I Do) I Do It for You」。
2015年7月19日(日) ALONE IN THE DARK2
フランスのゲーム『アローン・イン・ザ・ダーク』を原作としたもので、2005年に公開されたアメリカのホラー映画。このピンの“ALONE IN THE DARK2”は続編として2008年に公開された。
2015年7月18日(土) ビッグコミック・オリジナルの発売日
本日ビッグコミック・オリジナルの発売日。全英オープン初日1番ホール、果敢にドライバーで放った沖田のショットは380ヤードといつもより30ヤードも飛んだ。グリーンをオーバーして17番方向のバンカーに入るいきなりの大ピンチとなった。
2015年7月17日(金) RAMBO
シルベスター・スターローンの代表作といえばまず『ROCKY』、そして『RAMBO』であろう。1作目の『ランボー』が公開されたのは1982年、社会から孤立したベトナム帰還兵ランボーと、たまたま町を訪れた流れ者というだけでランボーを排除しようとした保安官との戦いを通じて、「ベトナム戦争によって負ったアメリカの傷」が描かれている。ロッキーにつづきランボーもシリーズ化され、『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』、『ランボー/最後の戦場』、そして5作目は製作発表したが中止となったり二転三転し、今年になって最終作として『Rambo:Last Blood』の製作開始が発表された
2015年7月16日(木) ROCKY
フィラデルフィアに住む三流ボクサー“ロッキー・バルボア”がひょんなことから世界チャンピオンである“アポロ・クリード”と世界ヘビー級タイトルマッチをすることになった。1976年のアメリカ映画『ROCKY(ロッキー)』はシルベスター・スターローン主演、第49回アカデミー賞では9部門でノミネートされ作品賞・監督賞・編集賞を受賞した。製作費わずか11万ドルだったが興行収入は1億1723万ドルを記録する大ヒット作となりシルベスター・スターローンの出世作となった。その後ロッキー2・ロッキー3・ロッキー4・ロッキー5とシリーズ化され、2006年完結編ともいえる『Rocky Balboa(ロッキー・ファイナル)』まで6作が製作された。6作目の製作費は2400万ドルで1作目の200倍、興行収入は7千万ドルを記録した。
2015年7月15日(水) OVER THE TOP
OVER THE TOP は1987年公開のシルベスター・スタローン主演のアメリカ映画。放浪のコンボイ・トラッカーのリンカーン・ホーク(スタローン)は、義父との確執から10年前妻と息子を残して家を出た。しかし妻が重病と聞き息子と再会し妻のもとに向かう。その直後妻は死んだ。そんな中ホークはかねてから熱望していた世界アームレスリング選手権への出場を決める。息子への思いをぶつけるように、ホークは世界の強豪たちと死闘を繰り広げる。
2015年7月14日(火) CLIFFHANGER
CLIFFHANGERは1993年封切りのアメリカ・フランス合作映画。ロッキー山脈に不時着した武装強盗団と山岳救助隊員の戦いを描いたアクション・サスペンス映画。主演はシルベスター・スタローン。日本では1994年の年間1位の興行収入を、全世界の興行収入は2億5500万ドルを超える大ヒットとなった。アカデミー賞では視覚効果・音響編集・録音の3部門にノミネートされた。また「最低」映画を表彰するゴールデンラズベリー賞でも4部門にノミネートされた。
2015年7月13日(月) ジョコビッチ、ウインブルドン二連覇!
錦織圭選手がケガのため早々に姿を消したため興味が薄れてしまっていたが、ナンバーワンとナンバーツーの対決となったウインブルドン男子決勝戦。ジョコビッチがフェデラーを3-1で下し、2連覇を達成するとともに大会3回目の優勝を飾った。この2強の時代はまだまだ続くのだろうか。
2015年7月12日(日) TOTAL RECALL
1990年のアメリカ映画でフィリップ・K・ディックの短編小説『追憶売ります』を映画化したSF映画“TOTAL RECALL”。シュワちゃんことアーノルド・シュワルツェネッガー、シャロン・ストーンが主演した。アカデミー賞では視覚効果賞および特別業績賞を受賞。映画の内容を簡単に説明しようとするとちょっと難しいのでこちらを
2015年7月11日(土) ポール・マッカートニー武道館ライブ、スカパーでOA
 
4月28日(火)に行われたポール・マッカートニーの武道館ライブが、本日スカパーで21:00~23:05OAされた。残念ながらスカパー視聴の環境にいなかったためOAを見ることはできなかった。明日ゆっくり観ることにしよう。皆さんはご覧になられたでしょうか?

2015年7月10日(金) McIntosh
 長年の憧れであったBLUE EYESが我が家にやってきた。セッティングが完了し、DaliのSPからご機嫌なサウンドが流れてくる。至福の時間を過ごすことができそうだ。そう、片手にスコッチのいやバーボンの入ったバカラのグラスを持って・・・・・。
2015年7月9日(木) L'OURS 
“L'OURS”はフランス語でクマ、邦題は『子熊物語』。1988年公開(日本では(1989年)のフランス映画で監督はジャン・ジャック・アノー。ロッキー山脈を舞台に、母親を亡くした1匹の子熊がハンターによって傷つけられた雄熊と人間との交流を通じて成長してゆく姿を描いたドラマ映画。主演はヒグマの『バートくん』。『バートくん』は『ホワイトファング』、『沈黙の要塞』、『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』、『ザ・ワイルド』など多くの映画・テレビドラマに出演した有名な動物タレントだった。
2015年7月8日(水) CHARLIE CHAPLIN
映画俳優で映画監督、脚本家でありコメディアン、映画プロデューサーで作曲家でもあるチャーリー・チャプリン(1889~1977)を知らない人はいないだろう。ユーモアの陰に鋭い社会風刺、下町に生きる庶民の哀愁や怒り・涙を描いた作品は世界中の映画ファンを魅了した。1929年“サーカス”でアカデミー特別賞を受賞したチャーリーは授賞式に出席せず「わずかの人間で決められた賞なんて、そうたいした名誉ではない。私の欲しいのは大衆の喝采だ。大衆が私の仕事を賞賛してくれるならば、それで十分だ。」と言い、オスカー像はドアのつっかいにしていたとか。
2015年7月7日(火) ドイツ盤クラブイシュー“AND NOW”
 
ビートルズが来日した1966年にドイツのレコードクラブがリリースした編集盤。先日日本でビートルズのPRを務めたディレクター高嶋弘之さんは日本独自の編集盤のリリースは許可されなかったと話されたが、ドイツではしっかりと発売されていたのだ。ドイツのクラブイシュー盤↓はこれまでも何枚か紹介しているが何れも新鮮で秀逸なフォトを使いいいジャケットに仕上がっている。このレコードは初期のビートルズ作品を集めたものである。




2015年7月6日(月) なでしこジャパン準優勝
二連覇を賭けてアメリカと決勝を戦ったなでしこジャパンであるが、開始早々の大量失点がひびき2-5の大差で敗退。残念ながらドイツ大会に続いての連覇はならなかったが、Wドイツ大会優勝、ロンドン五輪準優勝、そしてWカナダ大会準優勝は素晴らしい成績である。
             スウェーデン盤クラブイシュー“GOLDEN GREATEST HITS”

この時期ビートルズの編集盤は勝手にリリースできないはずなのに、スウェーデンのレコードクラブイシューのこんなレコードを入手した。初期の頃ならよくあることだろうが、後期の曲まで入った独自の編集盤は珍しい。曲目を記すると

A1.TWIST AND SHOUT          B1.HELP!
 2.OB-LA-DI,OB-LA-DA         2.LADY MADONNA
 3.TICKET TO RIDE             3.YESTERDAY
 4.LET IT BE                  4.WE CAN WORK IT OUT
 5.PAPERBACK WRITER          5.HEY JUDE
 6.PENNY LANE                6.SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND
 7.DAY TRIPPER               7.WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIEND
 8.ALL YOU NEED IS LOVE         8.LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND

アルバム“HELP”から“LET IT BE”まで中・後期の16曲を集めたものだが、“RUBBER SOUL”、“REVOLVER”そして“THE BEATLES”、更に“ABBEY ROAD”からは1曲も選ばれていないコンセプトが分からない選曲であるところが何故か新鮮である。まあジャケットの写真がいいのでつい手を出してしまったのだ。

2015年7月5日(日) 南アフリカ盤ザ・ビートルズ/クリアーWAX

ビートルズの2枚組アルバム“THE BEATLES”通称ホワイトアルバムの南アフリカ盤のカラーレコードが当館にやってきた。ヴィニールカラーはホワイトと思ったら、なんと美しいクリアーカラーである。このレコードの存在を知ってから熱望していただけに喜びも一入である。“ホワイトアルバム”のカラーWAXはこれまでに、英国盤・米盤・独盤・仏盤・加盤・豪盤を紹介(2014年4月)してきた(いずれもWHITE WAX)が、これでコンプリートと思いきや独盤の初期のカラーWAXと仏盤のDC盤が残っている。コンプリートの道はまだまだ遠いのであるが各国が挙ってWHITE WAXをリリースした1978年当時、日本の東芝EMIがどうしてWHITE WAXのレコードをリリースしなかったのか、今考えると不思議である。また日本盤の赤盤(エバークリーン)とMONO盤のRED WAX、それに台湾盤のRED WAXがあるが、これらはWHITE ALBUM⇔WHITE WAXの趣旨からちょっと外れるので仲間には入れない。

   
2015年7月4日(土) ビッグコミック・オリジナルの発売日
本日ビッグコミック・オリジナルの発売日。全英オープン初日セントアンドリュースのスタートホール、かつて1番ホールをドライバーで打っていくプロは一人もいなかった。しかし沖田は1オンを狙ってドライバーショットを放った。ボールはグリーンに向かって一直線に飛んでいった。
2015年7月3日(金) 東京ピントレ ピン果報告⑥
 
今回一番の収穫はこれら上海万博日本産業館のピン7種。超難関の7ピンであるが故、最高にいい気分である。24種のピンのうちこれで19種をGET、東京ピントレのマドンナ・ヤマちゃん感謝!感謝!である。残るは5種であるがここまでくればまあもういいかなんて思ったが折角だから・・・。皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。
残る5種はこちら↓

WANTED

   
2015年7月2日(木) 東京ピントレ ピン果報告⑤
 
当館のメインのジャンルはご存知の通り【時計ピン】である。ところがこのジャンルのピンは、中々新たなものを見つけることが難しいのである。だからついつい他のジャンルのピンを求め、マルチピン・コレクターの道に進んでしまうのである。そんな中、長野のmisterwakuwaku氏は当館にない時計ピンを探し見繕って、ピントレに臨んでくれる嬉しいピン友である。今回も↑3つの時計ピンをGETすることができた。

   
2015年7月1日(水) 東京ピントレ ピン果報告④
正月の松本市のあめ市のピン、2013年ヴァージョンだ。以前『シリーズピンは過去にさかのぼって収集してはならない』とピン・コレクターの心得をお話ししたが、自分自身が語った心得を改めて宣言しながら入手したのがこのピンである。まあ、とても美しい縁起物であるからいいか!?ピンズ広場さん、次回は平成24年ヴァージョンをお願いします。
何故にアルクマが人気ああるのか良く分からないが、多分長野県のゆるキャラだからであろう。ピンコレクター人口日本一であるから、アルクマの普及率も高く県外にも多く流出し人気を高めた。またこの春の北陸新幹線開通に、長野善光寺が7年に一度の御開帳というイベントが重なったことが大きな要因であろう。おけい姐さんからいただいたこのピン実はもう一種ゴールドヴァージョンがあるのだが残念ながら今回は入手し損ねてしまった。